Summer Rain
いよいよ夏服の出番がやってこようとしていても、冷たい雨は肌寒い。ましてや、上は黒のタンクトップに下はホットパンツ。下にレギンスやタイツは履いてないし、上着も持ってきてはいない。上着ぐらい持ってくれば良かったじゃないかとどっかの誰かさんが眉をひそめて言いそうだが、朝のすっきりと晴れた青空と天気予報を見れば誰だって持っていこうとはしないだろう。よく少女漫画である、天気予報が嘘をついた、という奴だ。
第一夏でも暑そうな青いジャンパーを着たあいつにだけは言われたくない。
百歩譲って寒いのは我慢するとしても、先の理由で傘をもってくるはずのない私がどうやって帰るかというのが目下の問題だ。雨避けぐらいしかできない屋根の下にいて、さらにそこで私は一人。傘を貸してくれる人の気配は―――ない。
そんな絶望的な状況の中で、私はこちらに歩いてくる人影を見つけた。
―――分かっている!
―――この人にもしかしたら二本持ってるかもしれないから傘を借りろと頭ではわかっている!
―――ないと言われたら?
―――やっぱり…言えないか…。
***
偶然にも、道の先に雨宿りをしているトウコの姿を見つけた。その大きな溜息はこちらまで聞こえてくるようで少し可笑しかった。トウコはこちらに気付き戸惑いながら期待の視線を向けている。この置いてきぼりにされた子犬のような瞳を無視して通りすぎるという選択は俺には選べない。落胆から水たまりに足を突っ込みそうになるのを慌てて方向修正しつつ、彼女のもとへ向かうことにした。
「よう」
「よ!今帰り?」
「そうだよ」
ところが近づくと傘を貸せなどとは言わなかった。雨を見ているだけ?まさか、そんなことはないだろう。
夏だというのに、長袖の青いジャンパーが寒くないのはめずらしいことだと思う。ではなんでそれを着ているのかと聞かれると返答に困るのだけど。そんな俺とは正反対の格好をしている彼女は当然寒いわけだ。
「…くしゅん!」
「…寒いの?」
「これくらい平気だもん…!それより早く帰らなくていいのー?雨降ってるし!」
「お前と違って傘あるし」
「く…」
そうしてうつむいた彼女の肩がそれを堪えるように、少しだけ震えていた。やっぱ寒いんじゃないのか?と聞くとだから平気だって言ってるでしょ!と尚更強がりはじめて埒が開かないので黙っていることにした。
相変わらず雨は降り続き、前の通りを歩く人々は少ない。俺が来なかったらどうするつもりだったのだろうと軽く思案してみるが、自分がいなくてもなんて考えるときほど案外どうにかなったりするものだと考え直した。
「だから…平気だって…」
「あとで風邪ひいて移されても困るんだよ」
***
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
心配なんてかけたくなかったのに、何故か彼はそこから立ち去ろうとはしなかった。…それだけじゃない。いつのまにか肩にかけられていたのは彼の上着だった。なんだか、こころが悔しい、苦しい。いつのまにか広がってたちこめる湿気のせいかもしれない、息が詰まる。
「トウヤは…寒くないの?」
「わたしが風邪ひかなくても、トウヤが風邪ひくよ」
「俺は大丈夫だよ。下はトウコみたいにタンクトップじゃないし」
なんでも彼に迷惑をかけてしまうわたし。こんな日に限って傘を持ってこなかったわたし。彼の優しさに甘えてしまうわたし。みんな嫌いで、腹立たしくて、悔しくて―――でもどうにもならなくて。
感情がない交ぜになって気付いたら、涙がこぼれ落ちていた。彼に気付かれないように上着をそっと返す。それから―――わたしはふらふらと屋根のある場所から出ていった。
どうしてだろう。まだ雨は降り続いているのに。
そしてふと下を見ると、自分の足が段差を踏み外していたところだった。わたしはバカだ。倒れる―――そう思った瞬間に自分の体はぐいっと強い力で引き上げられる。後ろにいたのは、一番、会いたくない、
***
隣にいたトウコは当たり前にあった幸せが忽然と姿を消すように、振り返ると雨の向こうに消えそうなところだった。ふざけんなよ、あいつ、そう吐き捨てると視界はぼんやりした雨の中へ駆けだし、その手を掴んだ。
「…どこ行くの?」
「…帰るの」
「冗談だよね?」
「わかんない…でもトウヤにこれ以上迷惑かけたくなかったし…それに悔しいし…あれ…わたし何言ってんだろ」
彼女はうつむいて無気力に笑っていて、その姿はふわふわといまにもどこかへ消えてしまいそうで咄嗟に引き寄せた。さっきまであれほど平気なふりをしていたのに、今ではそれが強がりだったことがわかる。
「本当、わけわかんないね、わたし」
***
バトルも普段のことも、一生懸命追いつこうと思ってもフォローされるばかりでわたしは何にもトウヤの力にはなれていない。それなのに、笑顔でありがとうも言うことが出来ない。こころの中で吐き出したい言葉がもがいているばかりで、自分の身体は一歩も進んではくれなかった。
屋根の中に引き寄せられたわたしは力なくそこに立っているだけだった。トウヤの顔を見る勇気もない。そうして、時間は少しずつ過ぎていく。
ふと額のあたりに柔らかくて、温かい感触があるのに気付いた。思考停止。それがトウヤの唇だと気付くのに数秒。その行為の意味に気付くのにさらに数秒かかる。
わたしの頭が額を中心に熱暴走をはじめる。まるでそれ自体がストーブにでもなったかのようにそれは暴れ回って静まることを知らない。
「――っ!」
「迷惑だなんて、いつ言ったっけ?」
おそるおそるうかがった彼の顔は、怖いくらいにいつも通りの顔色だった。対照的に、わたしの顔は想像もしたくないようなひどい顔になっているだろう。そればかりかいつもの人を少しバカにしたような(言えば怒られるかもしれないが)声色ではなく、ひどく優しい声でくらくらしそうになる。おかしい。こんなの、絶対おかしい。
でも自分から発せられる声は普段のそれには戻ってはくれなかった。
「だって…そうじゃない」
「まあな」
「だったら!!」
至って普通に出てきた肯定の言葉に、わたしのことなんて構わなくていいし、コンビを組む必要なんてどこにもないじゃないかと早口で続けようとした瞬間、声は声によって遮られる。
「お前なあ…じゃあお世辞にも社交的じゃない俺が他のトレーナーや他の人たちと上手くやっていけてるのは誰のおかげだと思う?」
「それは……」
今はびっくりするほどよくしゃべっているが、彼は元々口数の多い方ではない。でもそれとこれとは関係ない、そう思うのにさらにまくしたてられた。
「みんなお前のおかげだよ。みんながお前を好きだから、お前が誰からも好かれてるからだ」
さっきからわたしのペースは乱されっぱなしだ。そんな風に思ってたことを、知らなかった。今日今この瞬間までそんなことを思っている素振りはまったく見せてくれなかった。わたしは好かれてなんかいないけれど、何故か反論はできない。
彼の表情は降り続く雨とは裏腹にとても穏やかで、それはいままでわたしが見たことのなかった表情だった。
「さあ、帰ろう?このままだとお前風邪ひくだろ…傘はひとつしかないけどさ」
「うん…ごめんね、わたしが忘れてきたばっかりに」
なんでこんなに普段とは違って彼に素直に思っていることが言えるのかはわからないけれど、それを無理矢理雨のせいにした。冷えたはずの体温は、いつのまにか温かくなった。
***
トウコは躊躇いがちに差した傘の中に入ってきた。高鳴る心臓の音を必死に隠しながら、歩き出した。雨音のノイズが邪魔をしていたが、彼女が躊躇いがちに呟いた言葉ははっきりと聞こえた。
「トウヤ、ありがとう」
盛大に遅刻しましたごめんなさい!7/20遊木ちゃんお誕生日おめでとう!
そしていつもうじうじしてるわたしをフォローしてくれて本当に助かってます!(笑)
ポジティブな遊木ちゃんを本当見習いたいです!本当!
いつもありがとう…!少し暗いテーマが入ってしまいましたがもらってやって下さい。
水守光
[2011年 07月 30日]