ドリンクでつながるあなたとわたし
「ねーねー文化祭楽しみだよね〜」
「んなこと言ってられるのもお前だけだっつの」
はあ、と溜息をついたリズの前には高くそびえ立つ書類の山が待ち構えていた。その山の頂上には真新しいコピー用紙に"今日中に!!"とアンナの筆跡で書かれたものが貼り付けられている。先ほどのサリーシャは与えられた作業をスローペースで行いつつ、ときどき仕事を覗き込んでは至極のんびりとした発言をしていたり、その隣ではリリーナは上の空で殆ど手が動いていなかったり。メルも同様で、真面目にやっているのはいつものクレイスとティオしかいないわけで。本来ならば鬼神と化したアンナの怒号が響くところだが、生徒会外の人々ということであまり気にしてはいない。それよりもこの作業―――泊まり込みで行われる作業にはほとほと参っているらしい。
どの学校でも一大行事とも言える通称文化祭という行事は、一見華やかに見える裏でとてつもない数の雑務で成り立っているところがある。
「レイはどうしたんだよ、レイは」
「レイは働き過ぎでしょう。今日ぐらいはって寮に帰ってもらったの」
文句を言わせぬ目でアンナはリズを一瞬睨み、それから自分の作業へと戻っていった。
椅子一つ借りるのにも許可がいる、食品を出すのにはさらに面倒な手順を踏むことになる。許可願を受け取ってその手続きをするのは生徒会、さらには、小中高大合同であるため、その連携のための会議等、さすがのリズでもサボってはいられない。サボろうものなら、本当に殺人事件が起こってしまいかねないほどの仕事量だった。
「この資料をホチキスで留めればいいのね?」
「そうね。ありがとう」
「…これは?」
「それは作業しやすいように部活動順に並べておいてくれるかしら」
「わ、わかった」
もはや泊まり込みでの作業もやむを得ないわけで。こうして集まって少しでも早く終わるようにいつものメンバーが手伝いをしているわけだ。
メルは慣れない手つきで言われた通りにバラバラになっているプリントを仕分けしていく。その座る位置はアンナの隣。そわそわしているメルを尻目に、てきぱきと仕事を片付けていく。
「なにそわそわしてんだよ、メル」
「そわそわなんてしてない」
「いや絶対してるだろ」
「してない」
「してる」
「してない」
「……うるさい」
「「…すみません」」
アンナの言葉は鶴の一声というか、なんというか。そんなことを思っておきながら自分も絶対に逆らえない女性がいるという事実に全く気がついていないクレイスはリズとメルを一瞥して薄く笑った。リズの怪訝そうな顔が彼へと向けられる。
「喉が渇いてきたわね」
「私が買ってくる」
ティオの頼み。口を開こうとしたクレイスに間一髪入れずに名乗りをあげたリリーナはそれぞれの希望を聞いていく。いわゆるティオのお願い争奪戦だ。その奪い合いに当の本人は全く気付いていないのはいつものことである。
「わたしカフェオレ!」
「コーヒー…ブラックで」
「あれアンナコーヒーなんて飲むっけ?」
この修羅場をくぐり抜けるには必要なことよ、アンナは資料に目を落としながら言う。
その並々ならぬ殺気にこれ以上話しかけない方が良いと悟ったリリーナはティオに話しかける。
「そう?ティオは?」
「やっぱり私」
「いや俺が行くわ」
「この後に及んでサボろうとしてるんじゃないでしょうねリズ」
「いやさすがにここでサボりはしねえよ。外の空気吸いたいだけ。んでお嬢はなにがいいの」
「…ココア」
完全に自分が行くと言い出すタイミングを失ったティオは渋々自分の作業に戻っていった。その様子にリズは同時にほっと胸を撫で下ろした。ティオが行くとなると、クレイスもという連鎖反応が起こる厄介事になりかねない。(ティオに罪はないのだが)
「りょーかい。野郎二人は」
「どれでもいいからお茶で」
「なんでもいい」
「そーいうのが一番困るんだよな。まあ文句言うなよ」
リズはそう言うとバラバラになっていたチェック済みの書類をまとめて立ち上がった。リリーナもそれに続く。アンナの釘刺すような視線を刺激しないように二人は生徒会室の重厚な扉を開けた。
「暗いわね」
「まあ必要なとこ以外は照明落ちてっからな」
校舎内は夜の学校という場所に相応しく静まり返っている。職員室など少しずつ明かりは見えるものの物はかろうじて障害物にぶつからない程度にしか判別できないにも関わらず、当然隣の購買は閉まっていて、どう抗っても下の階へ行かなくてはならなかった。
「はぐれるなよ」
「そっちこそ」
バタンと重い扉が閉まる音がして思わず肩を振るわせるリリーナ。それについて指摘すると返事が返って来ないのは目に見えていたので目を逸らすと、その瞬間に冷たい廊下は闇に包まれ無言の沈黙が続く。
「…行くか」
「…そうね」
リズはリリーナの手をそっと取るとゆっくりと歩き出した。足音だけが響く廊下に若干の心細さを隠しきれないリリーナはリズの手をそっと握り返す。こうすると可愛いところもあるんだよな、とリズは口の端を上げると、なんとなくリリーナが目を細めて睨んだような気がして、すぐに元の表情に戻した。
「どうして」
「は?」
「どうして着いてきたの?別に私だけでも良かったのに」
「お嬢もいるからな――それに」
「何?」
リズは半歩先を歩く足を止めてリリーナの方を一瞥する。思わずリリーナも立ち止まると 頭に疑問符を浮かべてリズの視線の先を追う。
「缶。一人で7本はさすがに無理があるだろ」
「別にそんなこともない」
「あっそ。じゃあ少しでいいから休憩したかっただけ」
「そう」
程なく爛々と光る自動販売機のシルエットが見えてくる。
どこか人工的なそれに言いようのない寒気を感じつつ、二人は販売機の前にそれぞれ立つと、とりあえず頼まれたもののボタンを押していく。
出口から女性陣の分のものを回収すると、今度は男性陣のものを買おうとするのだが、リリーナは一瞬迷う。
「お茶って…」
「とりあえずこれっと」
「ジャスミン茶…なんとも微妙なチョイスね」
「まあ、お茶なら何でもいいっつってんだから。それにあのそわそわしてる奴はちょっと落ち着かせないとだろ」
「あっ確かにジャスミン茶には鎮静作用があったとかなんとか」
「そうそれ」
「なるほどね。クレイスのはどうする?」
「とりあえずティオと同じにしとけば間違いないだろ」
「そうね」
後から考えてみればやはりリズと一緒に来て正解だったとリリーナは思ったが、正直そんなことを言う気持ちでもなかった。もともと自分はそういうキャラではないだろう。そうリリーナは自分の中で確定づけると、今度は自分のものを選ぶ。これも適当に決め、リズも手短にあったものを押したようだった。
「じゃあ帰るわよ」
「えーもうちょっとゆっくりしていかね?」
「こっちまで巻き添え喰らうのごめんだし。それに、どうせ私のせいで歩くの遅くなるし」
「別に遅くなってないだろ。外が真っ暗んなってるってのもアンナは分かってるはずだし」
「なんかその返事いろいろとフクザツなんですけど」
「まあそんな気にするなってこと」
「本当に…」
「何?」
「なんでもない」
リリーナはリズから目を逸らすと、買った缶とペットボトルを弱い力で握りしめる。いつのまにか腕の中にある缶の数もリズの方が多くなっていることに気がつくと、リリーナはさらに肩を落とした。その様子をリズは慎重に窺う。
リリーナはサバサバしているようでいて人の気持ちには敏感なことをリズは良く知っていた。リズだけではない、ティオやクレイスも。だから今この自分に甘んじている状況がリリーナにとってはとてつもなく苦しいこともリズはわかっていた。
けれど。
そんなリリーナだからこそ皆がお節介をかけたくなるのを、彼女は知らないだろう。リズがリリーナを穏やかな瞳で見つめると、こんどこそ鉄拳が飛んできそうなほどに顔を引きつらせた彼女がいた。
「さて戻るか」
「ええ」
「帰り。リリーナが先行ってくれ。…一応、アンナの様子確認するために」
「…わかった」
そうして二人が生徒会室に戻ると、アンナは力尽きたのか少し放心状態であり、かなりの時間が経過したことすらも気付いていないようだった。他のメンバーも疲れの色を隠せないが、雰囲気のためが言い出せないでいるようだった。
休憩にしたら、リリーナがそう言うと―――アンナを除く皆は一斉にソファに集まった。
「ティオはこれ。クレイスもこれ…」
「メルはコレな」
二人は買ってきたものを机の上に置くとそれぞれの前へ並べていく。その微妙なチョイスにメルはしばし沈黙していたが、やがて諦めたようにペットボトルの口を開け飲み始めた。
「アンナー?飲み物買ってきたわよ?」
「あ、うん……」
アンナは脳が覚醒していないのかおもむろに隣のメルのジャスミンティーを掴むとそのまま、ひとくち、飲んだ。その様子にアンナ以外の全員が凝視する。
「あ、アンナ、それ…」
「メルのだよ」
「あら、ごめんなさいメル。そういえばコーヒーを頼んでいたような気が」
そうしてアンナは何事もなかったかのように自分の缶コーヒーの口を開けた。メルはアンナが口をつけた部分を呆然と見つめている。使い古して暗くなりはじめた蛍光灯の下。それにそぐわない高級感のあるソファーの上にどことなく変わった空気が流れる中、リズはからかうこともできずに自分のものを黙々と飲んでいた。
「アンナは関節キス、とか気にしないタイプなのー?」
サリーシャはこの場の誰もが少しは思ってあえて黙っていた疑問を口にする。リリーナはポケットから携帯を取り出していじり始めた。
口元に微笑を浮かべたアンナから予想外の言葉が飛び出す。
「えっまあ、そんなに気にしないわね…メルのだし」
その言葉に他意はないと知りつつも、みるみるうちに顔色が変わっていくメルを見て、リリーナはくすくすと笑う。リズからは憐れみの視線を向けられている。素知らぬ顔で優雅なお茶会をしていたティオとクレイスはアンナへ向かって同意を示した。
「まあ関節キス、とか言うけど、そんなに気にしないわよね」
「そうだな。まあどこの誰ともしらない奴は嫌だが」
「でも知ってる人だから意識しちゃうってことはないの?」
「ないわね」
「ないな」
ティオとクレイスは同時に断言をした。二人がお互いを幼馴染みという枠で考えているのだからそうだろう。元々二人は事故であってもそういうことはたくさんあったはずなのだから。リリーナは自分の思考に心の中で舌打ちをしつつおぼろげに思う。
「逆にサリーシャは気にするの?」
「えー、わかんないけど、そういうのよく見るから」
「まあ……サリーシャは分からなくていいんじゃない?」
「まあな」
リリーナとリズは悟りを開いたように勝手に納得している。先ほどから時が止まったように静止しているメルを見るに見かねて、ティオは話しかけた。
「メル、大丈夫?」
「うん……一瞬天が見えた」
そう言ってメルのペットボトルを持つ手は、未だに震えていた。
後日。録音していたアンナの音声をリリーナがメルへの脅迫の材料に使ったり、ティオとクレイスが関節キスについて考えるようになったり、リズが真面目に仕事をしているのをアンナは放心状態で見つめていたり、サリーシャがシュヴァルツに関節キスについて質問したりするのはまた、別の話――――。
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まゆさんお誕生日おめでとうございます!
まゆさんとのこさん、遊木さんの合同創作のキャラクターさんを使わせて頂きました!
楽しい一年となりますように!
2012/02/10