The end of the line

「お疲れ様」

ようやく今日の仕事を終えたらしいレイアが珍しく机仕事をしている俺の向かい側に座った。片手にはほかほかと湯気を放っている茶色と黄色のマグカップ。前にエレンピオス土産にと二人で買ったものだ。エレンピオスのシックな色合いは自分たちの色合いともよく似ていて、それを彼女が笑顔で言うものだからこちらとしても買わざるを得ないわけで。こうして二人の団らんに彩りを添える一つとなった。
入っている飲み物は日によって違う(宿屋なため種類だけは事欠かない)が、今日は甘い香りに一旦目の前の字の羅列から目を離すと、ホットココアであることがわかった。彼女とともに一口啜ると、控えめな甘さがふんわりと広がる。

「…美味いな」
「疲れた頭には甘い飲み物が一番だと思って。…そう言ってくれてよかった」

夜の心地良い静寂と温かい食卓。夜は危なっかしい喧噪にばかり身を投じていた昔からは想像がつかなかったが、今の安穏も彼女がくれたものだと思う。彼女は手元のノートを慣れた手つきで捲るとこちらも仕事の書き物を始めた。俺も彼女もどちらかといえば好戦的でそういう類のものが苦手だったはずなのだが、この空間にずっと留まっていたくて集中してしまう。

「ねえアルヴィン」
「何だ?」
「私がいなくなったら、どうする?」

レイアは頬杖をつきながら、俺に問いかける。

無垢な笑顔は見せるがあどけなさがなくなった彼女の仕草はあの頃とは違って大人びている。まあ、一度魔物が出たとか、空き巣が出たという話になるとその表情が一変して鬼に変わるのだが、それはまた別の話だ。最近では俺とレイアの話がだいぶ広まったのか、この付近では不審な話は一切聞かなくなっている。肝心の彼女はそれには気付いていない。

残念ながら俺と彼女はあいつらのような砂糖を極限まで溶かしたような反吐が出るほど甘い関係ではないので、淡々と答えるしかない。それに、俺たちは君がいなければ生きていけないなんて言えるほど青く、若くはない。

「そりゃ藪から棒だな。まあ…それなりになんとかやっていくだろうな」
「アルヴィンはそう言うと思ってたよ。藪から棒、ってか宿屋に泊まっていった女の子と男の子がそんなこと言ってて、ちょっと面白くてね!」
「あ〜、あったなそんなの。まあレイアがどうしても言ってほしいんなら、その男の子が言った台詞も言ってやらなくはないけど?」

君がいなければ生きていけない、もう一度その言葉を反芻させる。あんな宿屋の廊下のど真ん中で言われちゃ、聞いていなかった奴を探す方が難しい。こっぱずかしいカップル。彼女と俺もちょっと前まではそうだったような、そうでなかったような気もするが、それを思い出すには少しばかり勇気が要りそうだ。それよりもやっぱりあいつらが――思考は堂々巡りを繰り返している。
冗談半分にそう言った俺に、彼女はペンを走らせるのをやめて笑いながら言った。

「あっ聞いてた?いいって、もう三十路越えたアルヴィンにそういうの期待してないし!」
「……そういうレイアはどうなんだ?」
「私?私は…そうだな…ちょっと、寂しいかもしれないね」

俺は薄情な答えを返してしまったけれど、彼女は一体どうなのだろう。そうふと気になってした質問をレイアは懐かしむように目を細めて、それからぽつりと呟いた。それから目線をこちらの方へ向けて、少し切なそうに彼女は問いかける。

「アルヴィンも、少しはそう思ってくれるのかな?」
「…当たり前だろ。大人になっても毎日ドジる誰かがいなきゃ、面白くもないし張り合いもないよな?」
「むぅ…もっと素直に言ってくれてもいいのに!でも、よかった……」
「何が?」
「私はちゃんとアルヴィンの心の片隅にいるんだなって」

――結局、レイアはそれが心配だったのか。最近は貿易の整備が終わって落ち着いていた仕事がまた少しずつ増えてきて、こうして夜までかかってノルマを終えなければいけない日々が続いている。ユルゲンスにも文句を言いたいところだが彼の方がよっぽど無理をしているので、不満も言っていられない。
そうこうしているうちにそれぞれがそれぞれの仕事に没頭していた。けれど結局戻ってくる場所は、彼女の近く。こんな年で彼女と話せなくて寂しいという感情を表に出せなくなってしまった俺への気遣いなのかもしれないなと思いながら、

「片隅どころじゃなかったりしてな」
「…それってどういう…」
「なんでもない。そうだな…」


「あなたを好きになってよかった」
(たくさんの想いを越えた先の終点は)