side-G


―――レイアはジュード君ひとすじだもんなあ。

どういうこと、と虚空に問いかける。確かにジュードひとすじで…頑張ってきたということはあるけれど、アルヴィンがどうしてそれを引き合いに出すのか。わからないよと言ったのはそのせいだけど、例の如く上手くはぐらかされてしまった。
ふかふかの枕を抱きながら、ごろんと気怠い寝返りを打った。どうも胸騒ぎがして、疲れているはずの体は少し経つと動きたがるし目は冴えきっている。このまま眠れないでいれば明日には目の下にくっきりと隈が出来ていることだろう。

隣でぐっすりと寝ているエリーゼを起こさないようにそっと起き上がる。

都合が悪いことをはぐらかす彼を見たのは何度目だろう。幾度も繰り返しているうちに慣れてしまったのかもしれないが、今回ばかりは落ち着けなかった。けれど今の私には、問いただす勇気も、人の深い領域に踏み込む資格もない。けれど、無視できない。

「…眠れないんですか?」

いつのまにかエリーゼは目を開けてこちらを見ていた。

「え?ああ…ごめん、起こしちゃった?」
「…目が覚めてしまったんです。気にしないで…レイアの方が心配です」
「わ、私なら大丈夫だよ。エリーゼも明日に響くといけないし…」
「疲れているのに眠れないレイアは大丈夫じゃないです」

安易に人に大丈夫と言って、無理をしてきたのはいつもだったから気にしたことはなかったけれど、私は大丈夫じゃない…のかもしれない。
エリーゼはこちらの方に体を向ける。心なしかその小さな体が、今は頼もしく思えた。

「…レイアを困らせるアルヴィンは嫌いです」
「…アルヴィンのことじゃ…」
「顔に書いてあります、アルヴィンのことだって」

部屋の外も静まり返る真夜中。先ほどとは違って自然に声の大きさを小さくなっていく。いつのまにかエリーゼも私もベッドの端の方へ寄って、内緒話でもするような距離だった。…実際、内緒話をしているわけだったが。

「アルヴィンは、やっぱり大人だよねー、ついていけないよ…」
「アルヴィンは子供ですよ」
「…そうなの?」

エリーゼは間一髪入れずに真顔でそう断言した。心なしか口調が鋭い。
真っ暗な中で話しているのも相手の顔があまり見えず少し怖い気がするので、近くのランプを点ける。暖かい光が私とエリーゼの間の隙間を照らした。

「大人だったらレイアをこんな風になんてしません」
「エリーゼは…アルヴィンのことをよく分かってるんだね」
「一応友達ですから」

エリーゼは嫌がっているようにも、嬉しそうにも見える。
途中から険悪だった彼と彼女の仲も、いつのまにか喧嘩友達というか、黒い仲間(失礼だが)の位置で落ち着いたようだった。ハタから見ていても二人の波長が合っているのがわかる。――私は、どうなんだろう。

「友達か……私とアルヴィンの関係は、どんなのだろうな…」
「一方通行」
「へ?」
「…なんでもありません」

これ以上きいても何も答えてくれなさそうではあったので、別の話題に切り替える。
真夜中の女子二人の密会は明日が大変そうだけど、なかなか楽しい。

「…エリーゼも、しばらく会わないうちにすごく大人になったね」
「そういうレイアこそ、自分が大人になってることに気がつかないんですか?」
「どこが」
「だんだん…なんだろう、うまく言葉に表せないんですけど、おっとな〜って感じがするんです……たまに」

いきなりティポの口調になったかと思えば、最後に余計の一言を付け足された。いつだったか、ティポは彼女の心の代弁者と言われたが、もう連れていなくても彼女の心の中にはティポがいつも一緒にいるような気がする。そのはっきりとした物言いに可笑しくなって、くすくすと笑う。

「たまにね」
「はい、たまにです」

まだまだ大人への道は遠いなあ、なんて呟いたらまだ子供でもいいんじゃないですか、アルヴィンはさすがにあれですけど…と返ってきて思わず大爆笑しそうになった。いけない。
さきほど、丸聞こえだったと忠告したのは、誰だったか。

「うん……でも、たとえ子供だったとしても、アルヴィンはなんか届かないところがあるなあって、そう思うんだ」

「レイアは人の気持ちを気にしすぎですよ…変態さんが考えていることなんて、どうせ良いことじゃないんですから…もっと、自分の気持ちに素直になっていいんじゃないですか」


こんなに一気にしゃべるエリーゼを、私は初めて見たかもしれない。
たくさんの友達と出会って、たくさんおしゃべりをして、彼女もだんだん大人になっていく。やっぱり彼女を会って話をすることを楽しみにしていて良かったと、心の底から思った。エリーゼも、こんなにすてきな女の子になったよ、そう何処かへ見ている精霊へ伝えたい。

何事も正直に生きてきたつもりだ。一生懸命がとりえで真っ直ぐに生きてきて―――自分の気持ちを、無視したときもあった。…けれどエリーゼは素直になっていいと言った。誰かのために押し殺してきた想いを、もう否定しなくていいと。

けれど。

「素直に、って言われても自分の中でも整理がついていないんだけどね」
「……それに気づいて、選べるのがミラみたいな大人なんですよね」
「はははっ、…そうだね!エリーゼは何かないの?学校に好きな男の子とか出来た?」
「みんなそんなこと私にきくんですけど、正直よくわからないんです。今のわたしには友達がいるだけで十分ですし」
「まあ自分から聞いてなんだけど、ゆっくりでいいんだよ、ミラも結構鈍感だったしねー…」

ミラがムキになって怒った顔が目に浮かぶようだ。あの二人は、最後までお互いに手を繋いで、同じ方向を向いていた。目指すところが分かりすぎて、精神的なところで結ばれていた。そんな二人が、大好きだった。
エリーゼは真剣そうな顔で考え込んでいる。友達がたくさん出来た彼女が、さらに上の繋がりを意識し始めるのはいつになるのかな、と考えたら、ふふふと笑いが漏れた。

「何がおかしいんですか…?」
「ごめん、なんでもないよ!…さて、そろそろ寝ますか!寝ないとマズイよ…」
「本当ですね!おやすみなさい、レイア」
「おやすみ、エリーゼ」

――私も、ゆっくり考えればいいんだ。
急がなくても、きっと大丈夫。

心のどこかに暖かい安心感を抱きながら、ランプを消した。