4.Role
「いつ見てもイル・ファンの宿はキレイだよね!布団も真っ白でパリッとしててふかふかだし…まあ、うちみたいに太陽の香りはしないけれどね!」
「レイアの家の宿は、違う温かさですよね」
「そうそう!エリーゼ、分かってるねー!」
どんどん。がたがた。
くぐもった音と黄色い歓声が壁越しに伝わる。
「女子部屋の方の会話、話してる内容まで分かるな」
「まあ、レイアだからね……」
「ほっほっほ。いいではありませんか。久しぶりの二人きりです、気分もあがりますよ」
「あっちは年も近いしな…さて、まだまだ時間はあるな」
「また街に出かけるつもり?…もう怪しんだりはしないけど、アルヴィンも飽きないね」
「美人は見てて飽きないもんだからな。……俺だっていろいろ変わったよ。じゃあな」
「お気をつけて」
ひらひらと手を揺らしたあと、外に出る。黄昏の空に少し冷たい風が吹き抜け、寒さが身に染みる。傍の建物に絡みつく樹がじんわりと光り始めて、いつものイル・ファンの景色になっていくようだった。
―――別に美人を探したかったわけでも、情報収集がしたかったわけでもない。好きではあるが。ただ面倒だから適当に振る舞っただけの話だ。
すれ違う人に興味を持たぬ都会の無関心さが心地良い。雑踏の中に一人立ち止まっていても気にする人などいない。
―――あれで、よかったんだよな、今までの受け答えを思い浮かべながら、それを無理矢理認めてみる。ジュードやエリーゼに見つかることがまず想定外で、さらにその後も触れられるとは思わなかった。面倒だった。戸惑わせるかと焦った。話してもらえるようになっただけで十分なはずじゃなかったのか。一番の誤算は―――己の心なのかもしれなかった。
「あれ、アルヴィンだ」
気にして立ち止まるのは、やはり、関心がある奴なのか。
レイアは小走りに近寄ってくる。それに少し遅れて腰の飾りがふわふわと揺れていた。
「レイアか。…宿で騒いでると思ったら」
「しょうがないじゃない、久しぶりなんだし!…って聞こえてた?」
「会話の内容まで丸聞こえだ。まったく、おたくどういう声量してんの」
「…ジュード追いかけ回してたら自然に身についてた」
「おいおい」
そう苦笑しつつ彼女は本当にジュードしか眼中になかったんだなと実感する自分がいて、釈然としない気分になる。彼女は屈託のない笑みを見せるだけだった――ほんの少し見せた寂しさの表情は、見なかったことにしておいた方が彼女のためだろう。
「エリーゼは一緒じゃないのか?」
「途中まで一緒に買い物してたんだけど、私は少し…もうちょっと、外の空気を吸っていたかったから、先に帰ってもらったんだ。暗くなると危ないしね!」
言い換えた部分に彼女の本心が見え隠れする。一人になりたかった、とかそういうところだろう。暗くなると危ないのはレイアも同じだろうが、その不自然さに気がつかないのは本人の性格からだ。自分は二の次。上手く接しているつもりで何事も自分優先な俺とは大違いだなと思う。
しばらくそわそわと俯いたあと、レイアの口から出たのはなんとなく予想できていたような、いなかったような、そんな言葉だった。
「…あ、あのね!その…今日はありがと!わざわざ付き合ってもらっちゃって」
「お互い様だろ。なんだかんだで楽しませてもらったし?」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべる。
「あ、あれは…!ちょっとびっくりしただけで!」
「はいはい。レイアはジュードくんひとすじだもんなー」
えっと…、と彼女は先ほどと同じように頬を桃色に染め下を向いた。
少し前に、何回かレイアがもの凄い勢いで赤面していたことには気がつくも何も一目瞭然だった。
「…やっぱ、今日のアルヴィン、よくわからないな…」
「ミステリアスな男ほどモテんの」
「ふーん…」
―――よく、わからない。
わからなくていい。まだ。思わず口走ってしまった言葉をうまく誤魔化すのには、慣れていた。彼女がわかってしまうことは、すなわち縮めた距離を再び振り出しに戻してしまうということだから。せっかく積み上げたトランプのタワーを崩してしまうなんてことは、今の俺には怖くて出来やしないから。
「…帰ろっか」
「…そうだな」
――これは、俺の役割じゃない。今はこの距離で十分なんだと抑えつついつかは限界が来ると知っている俺には、なかなか酷な選択だった。
それでも。
今だけは、この贅沢な立ち位置におぼれていようじゃないか。
この想いの空回りに逆らって―――。
(空回りのティータイム 完)
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アル→→→レイ、すきです。