お砂糖ひとさじで

「エリーゼ、トリック・オア・トリート!」
「えっと…その呪文はなんですか?」
(初耳だよねー)

今にもイタズラするぞとばかりにエリーゼの後ろから声を掛けたレイアは、その予想外のボケに思わず転びそうになっていた。そっか、エリーゼはみんなで行事を楽しむっていうのは初めてなんだっけ。そう思い直すのに数秒。エリーゼはそんな自分の顔を訝しげに覗き込んでいる。
うまく説明する自信がないのでそばにいるジュードに説明してあげてと耳打ちする。状況を察したのかジュードはわかったよと返事をした。

「えーと、ハロウィンって聞いたことないかな?例えば…あそこのお店は店先にカボチャのランタンが飾ってあるでしょ?悪い人の霊を退けるためにあるんだって。で、亡くなった人の霊を家族が迎えるっていう行事だよ。えーっと…今のレイアの言葉は、その行事の中のひとつで、」
「お菓子あげないとイタズラしちゃうぞ!っていう言葉なんだよ!エリーゼも、周りの人に言ってみたら?お菓子もらえなかったらイタズラできるし、さ!」

自分の言葉を遮られて少し不服そうな顔をしたジュードと、それを気にすることもなくうきうきしているレイアに、エリーゼは言った。

「ありがとうございます、レイア、ジュード。じゃあさっそく…」
(トリック・オア・トリート!)
「もうティポ、先に言わないで…」

「ふっふっふ、この日のためにお菓子を仕入れたんだよね…はい、エリーゼ」
「わあ…ありがとうございます…」
(きれいだね、エリーゼ!)

レイアはごそごそと今日のために持っているというポシェットの中をまさぐってから、紫色の包み紙の飴玉を一つエリーゼの真っ白なてのひらに乗せた。それをエリーゼはきらきらした瞳で見つめ、それから、大切に食べますね、と自分を見上げて笑顔で言った。すてきな笑顔が見られるからやっぱりハロウィンは良い行事だと思う。

「僕も。はい、エリーゼ」

ジュードはホワイトチョコレートをエリーゼに渡した。お、ジュードも準備いいねえ、と言うとレイアが昨日大急ぎで買いに行ってたのを見たからね、とジュードはすかさず返した。けれど口ではこう言っているものの楽しみにしていたのも事実なのだろう。口元が緩んでいる。

「ジュードも、ありがとうございます!…魔法の呪文を覚えちゃいましたね、ティポ」
(だねー!お菓子もらいほーだい!)
「さて、私も!ジュード、トリック・オア・トリート!」
「はいはい…レイアも飽きないね…」

そう言ってジュードはもう一つの方のチョコレートを自分に渡す。実はこのチョコレートはジュードの手製だ。昔から何でも器用だったジュードは、ハロウィンのたびにこのチョコレートをくれた。それも、その味はジュードの機嫌とか、そのとき思っていることがあらわれている。イル・ファンに行く直前のジュードのチョコは思いっきり苦かったなあということを思い出した。…今年は一体、何味だろう。

「ん、ありがと!」




***





「ミラ」

ジュードはベッドであぐらをかいて瞑想しているミラに恐る恐る話しかけた。せっかくの休憩だというのに、こういうところに抜かりはないんだよね、彼はそう思いつつ近寄った。ミラもジュードを視界の中へ入れると、何かを期待するような目を彼に向けつつ話しはじめた。

「ジュードか。そういえば先ほどレイアが来て言っていたぞ。ジュードに…お菓子をねだると、いいことがあると」

「なんだ…レイアが先に来てたんだ」

ジュードは心なしか残念そうに言い、ほんの少しばかり不服そうな顔をした。

「ああ。レイアにはお裾分けだと言って、菓子をもらったばかりだ」
「そっか」
「ところでジュード。先ほどのレイアもそうだが、心なしか外もこう…甘いにおいがするようだ。今日は一体何の日なのだ?」

ミラがそう問いかけたので、ジュードは先ほどのエリーゼと同じ説明をする。ハロウィン。霊を迎える祭り。イタズラとお菓子。それをもらうためのエリーゼ曰く、魔法の呪文。ミラも初めてのハロウィンか。かなり人間と共に暮らすようになって久しいミラも、季節行事となるとまだまだ疎い。ミラはまた新しい人間の一面を知ることが出来たと目を輝かせながら自分に感謝の言葉を言った。その自然な可愛らしさに思わず抱きしめたくなる―――のを堪えて、ジュードは話の続きを促した。

「ふむ。イタズラ、か。ジュードはお菓子を用意しているそうだが、私はイタズラというものにも非常に興味がある」
「へっ?」
「両方、選ばせてもらうぞ…トリックオアトリート!」

ミラは自分のポケットの中身を強引に探ると、チョコを取り出して、勝手に、食べた。

素早い動きで、抵抗する隙も与えなかったミラを呆然と見つめる。ただ純粋な想いで実行に移したであろう少し的外れな悪戯に思わず吹き出してしまう。彼女はそれを頭にクエスチョンマークを浮かべつつ味の感想をただひとつ。ぽつりと口にした。

「…すごく甘いな」
「ちゃんと味見たんだけど…間違ったかな」
「これは君が作ったのか?」
「…そうだよ、一応ね」

ミラはチョコが入っていて袋とジュードを見比べて、感心の声をあげた。

「本当に器用だな、ジュードは。…では、こちらもお礼もしなければならないな。…あいにくお菓子は持っていない」
「イタズラ、ってこと?」
「そうだ。ではジュード、遠慮なくやるといい」

ジュードは一気に頬の色を紅潮させた。お互いを見つめ合ったままの長い沈黙の中には、自分の大きく波打つ鼓動の音しか聞こえなかった。ミラにイタズラ。妙に語呂のいいそれが頭の中でリピートして、途中からゲシュタルト崩壊するかのように訳が分からなくなる。イタズラ、だから何にしてもいいんだよね。いやそういう訳じゃないけれど、でも、もうどうにでもなれ―――。視線は外さずに、一気にミラとの距離を詰める。一瞬ミラのその大きな瞳がさらに見開かれる。けれど、抵抗や嫌悪の表情は見せずに、ただ不思議そうにジュードの様子を眺めているだけだった。

「目、閉じて。言っておくけれど、これがその…一般的な、イタズラじゃないんだからね」
「…?わかった」

ミラの長い睫とともに目がゆっくりと閉じられる。その艶っぽさや、可愛らしささえも自分の胸を高鳴らせるのには十分で。何かの箍が外れた、気がした。


ミラの鮮やかなピンク色の唇に自分のそれを重ねる。柔らかい感触に思わず何も考えられなくなる。けれど。これは悪戯で。

―――甘い甘い、チョコレート味。

名残惜しさに苛まれつつ間近にあった顔を離す。自分を同じく林檎のように顔を真っ赤にしたミラの姿があった。

「じゅじゅジュード!わわたしは…そんなの聞いて…ないぞ」
「不意打ちだから、悪戯、なんだよ」

ジュードはそう照れくさそうに呟く。我ながら大胆すぎることをしたものだけど、彼女の慌て焦った表情が見られたから、それでいい。彼はそれから微笑む。

ハロウィンには、君だけの特別な悪戯を。