1.プロローグ
久しぶりにお茶でもしましょう、とローエンからお誘いの手紙が回った。
私は皆の近況を知りながら招待に応じる手紙を書いた。アルヴィンのシルフモドキは承諾の手紙をたくさんくくりつけられ、心なしか嬉しそうに空へ羽ばたいていった。
―――みんな、元気にしてるかなあ。
もちろん頻繁に手紙のやりとりをしているはずだが、実際顔を見るまでは少しの心配が尽きない。体調を崩してないだろうかとか、何か壁にぶつかってはいないかとか。
そうして、ほんのちょっぴりの不安が出てきたときに誰からともなく来るのが、お茶会の招待状だった。普段は宿の手伝いと、最もみんなと変わり映えしない(泊まりに来る人は様々だけど)生活を送っている私にとっては、街の外へ出る良い機会にもなる。
「いってきまーす!」
見送るお母さんとお父さんの顔は、旅へ出る前と違って、笑顔で満ちあふれていた。
空回りのティータイム
お茶会をする街はいつもカラハ・シャールというわけではない。ドロッセルも忙しいし、何よりいろんな街でした方が楽しみ甲斐があるだろうというローエンの計らいだった。ル・ロンドのときは私の宿で出迎える。泊まっていってもらいエリーゼと遅くまでおしゃべりすることもある。…なんとなく隣にはミラも一緒に笑っていてくれている気がするのは、気のせいだろうか。
今回は王都イル・ファンだった。ローエンも仕事上ここにいることが多いらしく、王宮で私たちを待っているそうだ。
「…これ、はやく来すぎた?」
昔は見ることのなかった雲ひとつない青空と、太陽の光が差し込むこの街はなんだか新鮮だった。予定の時間にはあと四つ鐘が鳴っても良さそうな時間だ。朝一番の便でこちらに向かったのがいけなかったか。でもきっと、じっと待っていても結局自分の性分で落ち着いてはいられなかった。そう思うことにした。家族へのお土産探しのついでに街を見ようかと海停から街の中へ向かった。
夜が長かった昔に比べて街を歩く人数も少し増えて、なにより活気が出てきたかな、そんな風に見えた。断界膜がなくなったことで、エレンピオスからの観光客も訪れるようになった。孤島のル・ロンドにまで来る人間もいるくらいだから、こちらは尚更だろう。どこへ行くあてもなくふらふらと彷徨い歩く。みんなで一緒に歩いた頃が懐かしい。
こんな人混みを見たのもきっと初めてだ。市場の辺りには見渡す限り人、人、人。そんなに身長が高くない私は自分さえも見失ってしまいそうだ。
なんとか現在地を忘れることがないようにと下を向いて歩くと、今度は肩に衝撃が走った。
「す、すみません!」
「おおっと、気をつけろよ……ってレイアじゃないか」
こんな予定よりも早い時刻に、知っている人物がいるとは思わなかった。
「アルヴィン!?」
よ、と振り上げた右腕とさらりと舞うスカーフは、間違いなくアルヴィンのものだった。
「どうしてこんな早い時間にいるの!?」
「そいつはレイアだってそうだろ」
「そ、それは……」
思わず聞き返してしまったが、それはまず最初に私へ向けられるべき質問なのであって。何も言い返せずに口籠もってしまう。アルヴィンはその様子を少し苦笑しながら、話を続けてきた。
「おたくのことだから、ル・ロンドにいてもたってもいられなかったとか、そういうところか」
「ま、まあね…アルヴィンこそどうなの?」
「俺?俺は商売とかもあるし、その情報収集のためだ」
―――それって、やっぱり早く来すぎただけなんじゃ…。
その言葉をかろうじて飲み込み、にやける顔をどうにか押し殺し、再び彼の顔を見た。旅から一年あまりだが、その顔つきはあまり変わってはいない。かと言って自分に変化があるとは到底思えないけれど。それでも、変わらない面がたくさんあると思うと嬉しい。どんどん違う人になっていった―――ジュードを見たときのあの思いは、できればもうしたくない。エリーゼ辺りは、きっともっと成長しているだろうが、それは喜ばしい変化だ。学校に通うようになった彼女の変わったところを見るのが、今から楽しみでもある。
「なーになんか言いたげな顔してんの。…別にそれだけだって。ってか、なんでこんな人混みのど真ん中まで来たかな?最近スリが増えてるとかいう話もあるってのに」
「へっ?スリ?」
「とにかく、一旦ここから離れるぞ。…ほら」
差し出された手の意味がわからず考えこんでいると、見かねたアルヴィンが言いにくそうに、呆れたように私に言う。
「…はぐれると悪いだろ」
「別に子供じゃないんだから…」
そう言いつつせっかく会えたのだからはぐれてしまうのはもったいない気がして、アルヴィンの手を取る。強制的に握らせないのは、きっと私の気持ちを気にしているからだと思う。すこしだけ、複雑な気分になる。
「……子供扱いしてたら逆にこんなことしねえっつーの…」
「なんか言った?」
「なんでもねえよ」
結局そのあとも何と言っていたのかは聞けずじまいだった。
たくさんの業を背負って来ているはずのアルヴィンの背中は存在感があり見失うことはまずなかったけれど、触れた手の温かさが恋しくて結局手を離すことはなかった。
《NEXT》