2.翡翠色のカタルシス

―――子供扱いしてたら、手なんか引かなくてもいいだろ。

久しぶりに会った彼女はまた一回り大人の女性として成長しているようにも見えた。女というものはほんの短期間で変わってしまうものなのだ、と改めて実感する。油断も隙もあったものではない。手を離せば他の誰かについていってしまいそうで繋ぎ止めておかなければ、不安だ。口が裂けても言えない言葉をそっと心の中に浮かべる。彼女は決して自分のものなどではないのだから。

人混みの中を抜ける。さっと、あくまで自然に、彼女の手を離した。

「んで、おたくはどうすんの?」
「まだ全然時間あるよね…することないからあんなとこでふらふらしてたんだけど」
「ふーん…」

レイアらしいというか、なんというか。
彼女も行く当てがないようだが、俺もまたそうだ。
予定があったなら、あんな雑踏のど真ん中を歩いてはいない。状況としては彼女と一緒だ。

彼女はちょうど空いていたベンチに座る。緩やかな曲線を描いて少し伸びた彼女の髪が揺れる。仕草の一つ一つに大人の余裕と、品が出てきているように思える。子供ばかりが大人になっていく。ジュードも、エリーゼも――目の前の彼女も。

前にエリーゼに五年後にはもの凄い美人になると言ったような気がするが、それはこいつにだって当てはまる。なんとなく負けたような気になるから言わないだけであって。すでに宿屋の看板娘をやっているくらいだ、素直に、今でも十分可愛いとは思うが。

――ただ厄介なのは、レイアにはジュードが全てすぎて、周りが見えていないことだと思う。きっと宿の客にも気付かぬうちに何回も口説かれているはずだ。明るくて、元気で、気立てが良くて、なおかつ容姿も良い。誰にでも優しい。放っておく奴もそういない。まだ外の世界を知らない(客にはそう見えるだろう)彼女を、手に入れておきたいなんていうことはちょっと擦れた男はすぐ考えつくことであって。

―――放っておけない。
まるでジュードだな、と自嘲的に笑う。


「なんていうか、アルヴィンも最近ジュードに似てきたよね」


淡い桃色の唇から紡ぎ出された言葉は、今自分が思考を巡らせていたことと見事に一致した。外見は控えめになってきているのにも関わらず、言葉には容赦がなくなってきているのは気のせいか。それとも、元々そういう人間だったのか。

「ジュードくんが、俺に似てきてるとかじゃないの?」
「いいや。前のアルヴィンだったら、絶対にこんなお節介じゃなかった」
「お節介なのはおたくもだろ」

だいたい、お節介を焼かせるほどに危なっかしいのはどこの誰なんだか。

―――いや、そもそも俺はこんなにお節介を焼くような人間だったか。
…危なっかしいことをして、それで勝手に死んでも仕方のないことだろう。
心のどこかにいる俺が、そう吐き捨てる。

レイアは進んで危なっかしいことをしているわけではないと、分かってきた。(もちろんそれを天然でやることもあるが)それを自分の役割だと思っている。ただ、何も考えずに猪突猛進しているわけではないことも。

…勝手に死んでもいいなんて、あるはずがない。
レイアだけではない。そんな風に思えるようになったのはきっと、これから会う予定の仲間たちのおかげだと思う。

「まあね…もう直せって言われても、一生直らない癖だねきっと」
「みんなジュード君に影響されたんだな」
「だね」

ふふふと、妖精が戯れて遊んでいる、そんな様子で彼女は楽しそうに笑う。そんな笑い方をどこで身につけたのか。その様子を見るたびに俺は歯車が狂うように心をかき乱されていく。知らないレイアが、いる。たかが十以上も年下、そう考えて自分を落ち着かせるのは簡単なはずだった。

そういう、はずだったのだが。こういうピュアなところもジュードくんに似てきたかね、と彼女には聞こえないように、言いたいことを空へ飛ばす。

「さて、どうしたもんかな」
「はあ…ホントどうしたもんかな…そういえばお腹減ってきた!アルヴィン何か食べ物美味しい店知らない?」
「これからお茶会に呼ばれてるってのに?」
「う…それもそうだね、でも暇で暇で」

相当早く出てきたらしく、大きく欠伸して目をぎゅっと瞑り伸びをしている。まるで昼寝前の猫だな、完全に脱力しきっている彼女を見ながら思う。
さすがにここで昼寝をさせるわけにもいかないので、何処か行けるところがないか考える。

「…そういえば、連れていけるところがないわけでもないな」
「えっ嘘!?どこどこ?」
「それは着いてからのお楽しみということで。行くぞ」



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