3.空回りのティータイム
「わあ…」
そこはイル・ファンの街が一望出来る場所だった。高台に登るのは少し辛かったけれど、これを眺めることができるのだと思えば今までの辛さも無かったことにしても良いくらいだ。もっと遠くまで見ようとしたら、照りつける陽光が眩しくて思わず目を細める。
「これが夜のイル・ファンだったら絶好の夜景だったんだけどな。…昼も悪くないな」
暗闇の中でぼんやり光るオルダ宮も素敵だったけれど、日の光で全体が輝いているようにも見えるそれも全然悪くないと思う。むしろ、私はこちらの方が好きだ。ここのもっと高いところから見れば世界が眺められそうな気がする。もしかしたら、ミラも見ていたりして。
規則正しく立てられている家々と、たくさんの人々が息づいている。風に洗濯物がたなびいて、その中で家事をする人の姿、外で働く人の姿がある。
ひっそりとした場所にあるせいか、そこには私とアルヴィンの二人だけだった。…俗に言う二人きりという奴で。それはまるで―――。
ふいに。
「おい、ジュード、お姫様。趣味悪いぜ後ろから尾行なんてして」
振り返るとそこにはしぶしぶ物陰から出てくるジュードとエリーゼの姿があった。どちらもバツが悪そうな顔をしている。なんだろう、なんだか、凄く照れくさいような、恥ずかしいような気分になる。
「へ、あ、ジュード?エリーゼ?」
「レイア…久しぶりです」
「ごめん、でも入りにくい雰囲気だったから…」
「アルヴィンのくせに…」
めまぐるしく変わる思考が今二人から言われた言葉に追いつかずにきょとんとする。それから、一気に頬、いや身体全体の温度が急上昇していくのがわかる。けれども、でも頭の中は想いが勝手に一人歩き。一方のアルヴィンは普段と変わらず飄々としているので、心に引っかかった何かは気にしないことにした。冷静な判断が出来るのはその部分だけで、目の前の美しい景色、目の前にはジュードがいること、すべて台無しになってしまった。
「別に偶然人混みの中で立ち往生してたレイアを見つけて暇だってんで連れてきただけだけど」
「そ、そうそう!早く来すぎちゃったから!」
「ふーん…というか、そろそろ約束の時間だよ?行かないと」
そのまま時間が止まったように立ち尽くす私は、はーい、と大きく返事をしたエリーゼとはいはい、と後ろから余裕の笑みでジュードについていったアルヴィンに置いて行かれそうになった。
手を繋いだり、一緒に景色を見に行ったり。確かに恋人同士がすることかもしれない。でも、それをしていた時点では私の中に淡い桜色の感情など微塵も感じられなかった。意識の中にはなかった。けれど、アルヴィンだって、今までどれくらいの女性と付き合ってきたのかはわからないが、たぶんこれは当たり前の行動なのだろう。
今更感たっぷりだが私はジュードが好きだったはずだ。彼の嬉しそうな顔を見るのが好きで、ただ純粋に喜んでもらいたくて、前はそのために悪戦苦闘していたはずだ。自分の幸せを探すという夢は出来たけれど、やっぱり、ずっと想い続けてきたことは短時間で変えられるものではない。
―――なのに。そういうはずなのに。この胸の高鳴り、早まっていく鼓動のスピード。ちがう。怖いのは、ジュードに勘違いされることであって、それ以外の何であるというのか―――何か残った凝りのようなものの正体はきっとそうだと決めつけて、みんなに追いつけるようにと走った。
***
さすがにオルダ宮に着く頃には落ち着きを取り戻していた私は、いつものスマイルでローエンに会うことが出来た。 この宮殿の中で戦ったこともあるというのに、優雅にお茶とはなんだか不思議な気分になる。
「皆さんお元気なようで何よりです」
淡い微笑を浮かべたローエンは手早くティーポットに湯気が勢いよく立っているお湯を注ぎながら言った。王宮だけあるのか、いかにも高級そうなお菓子がテーブルの中央に順序よく並べられている。それぞれの席の前にはたっぷりのクリームが添えられたケーキが一つずつ。これは食事を我慢した甲斐があるというものだ。
「友達…たくさん出来ました」
「良かったねー!同じ年の友達もいいものでしょ?」
「はい、とっても楽しいです」
そう言ってエリーゼは花のように顔を綻ばせた。可愛いという表現がこれほどまでに似合う人は彼女の他にいないなあと思いながら紅茶をすする。
豪華な意匠が施されたカップに注がれた紅茶の味は、カップに見合うほどの味だった。種類とか、何と何の組み合わせなのかとかは私には全くわからないけれど、素人が飲んでおいしいと思える味が本物なのだろう。湯気から立ち上る香りが何とも言えない。
「レイアは宿屋の仕事、どうですか?」
「お客さんが増えて仕事も増えていくばっかりだよ…でもすごく嬉しいな。お母さんも心なしか優しいし!」
「そっか…父さんと母さん、どうしてるかな…またしばらく忙しくて、会ってないし」
「二人とも元気だけど、そろそろ顔見せに行ったほうがいいんじゃない?」
「うん、なんとか時間作って行ってみるよ」
「親孝行は大事ですよ。この年になると孝行される側ですが」
「親孝行…僕まだ十七なんだけど…」
ジュードが父さんに親孝行…などと言いながらぶつぶつ考え込んでいるのを見て、
ローエンはティーカップの縁をなぞりながら言う。
「時間と言うのは案外早く経ってしまうものなのですよ…最近はもう湿布を持ち歩かないと動けないですよ」
「…まだまだ現役なんじゃなかったのか?」
「はい、そうなんですけども…いたたた」
そう言ってローエンはまだぴんと張っている背中をさすっている。
ただ、彼が行った仕事の栄誉はル・ロンドまで伝わってきているところを見ると、まだまだ現役という言葉に嘘偽りがないのだとわかる。
「そういうアルヴィンはどうなの?」
「俺か?…まあ、うまくやってるよ。商売も軌道に乗ってきてるし」
「…さっきはレイアナンパしてましたしね…」
どさくさに紛れてエリーゼはどこでそんな言葉を覚えたのか、そう言いつつアルヴィンに厳しい視線を送っている。
「……お姫様はどこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「学校、です」
「最近の子供は怖いねー…」
「ナンパとはどういうことです?爺にも聞かせて下さい」
そう言って目をきらきらと輝かせるローエンはまるで若い女の子だが、そこは突っ込まないでおこう。きっと、彼の若さの秘訣はこれなのだから。
私はナンパされてなんかいない。…これは変わりようのない事実だったが。
「ナンパっていうか…デート?二人で景色見に行ってたよね」
「あれは…!成り行きでそうなったんだよ!」
「だってさアルヴィン」
「…まあ成り行きだよな。待ちきれなくて早く来すぎたレイアと一緒にいただけ」
「う、うん」
―――やっぱり、そうなんだよね。
意味を期待していたわけではない。ただ、さっきのことはアルヴィンには当たり前のことだったんだよね、と少し寂しいような、残念なようなそんな気持ちになった。近くに見えていた大人が、実は遠い距離にいる。まるで騙し絵を見せられているみたいだ。
――残念、何で私は残念なんだろう。自分の弾きだした答えに自問自答する。私は、特別が良かったのか。特別って一体どういうことなのだろう。そもそも、何で私は彼に対してこんなに考え込まなければいけないのだろう。脳裏に疑問が現れてはなくなり、どんどん膨らんでいく――。
「若いとは素晴らしいですね」
「ですね…」
「エリーゼが言うの!?」
ローエンとエリーゼはああでもないこうでもないと騒いでいる私とジュードを尻目に二人でまったりとお茶をすすっていた。
どうもエリーゼは社交的になってくるにつれてどんどん変な方向に成長しているような気がするのは、単なる思い違いだろう。そう信じたい。けれど、彼女がどんどん明るくなって自分の言葉で話せるようになっていくのを見るのは、この上なく嬉しかったり、微笑ましいことだったりする。
他にも色々な話をした。ジュードの研究の話、ローエンの仕事、エリーゼの学校生活。アルヴィンの商売について、私の家の宿で起こった話、ミラとの思い出……その他諸々では表しきれないほど、話題は豊富だった。
それぞれの話が一通り収まったところで、ローエンがおもむろに口を開いた。
「せっかくですので、こちらに泊まっていきませんか?積もる話もあるでしょうし」
「さーんせい!元々泊まる予定だったんだ!」
「わたしも明日も学校はお休みです」
「僕も別に寝るところが変わるだけだし」
「俺も明日早朝の便で帰る予定だしなあ」
「決まりだね!」
みんなで一斉に後片付けをして、宿屋へ向かった。
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